1980年代にWが掲げた第1の経営目標は、世界経済の成長率の低下と技術や市場の加速的な変化により、競争の激化が予想されるもとで「世界市場で第1位か第2位の事業のみを手がける」というものであった。
そして、GEが今後取り組むべき事業分野として、中核事業、ハイテク、サービスの三分野(いわゆるスリー・サークル・コンセプト)が示され、これらに該当しない事業や1位2位になる見込みのない事業は撤退ないし売却するという方針が打ち出された。
これら三分野のうち、中核事業(大型家電、照明、タービン、輸送機器、モーター、建設機器)強化策としては、コスト削減努力、設備投資の積極化による生産性上昇が掲げられ、これらの事業の生み出すキャッシュフローをハイテク、サービス事業に投資する方針が示された。
また、ハイテク事業(医療機器、材料、工場オートメーション、航空宇宙、航空機エンジン)の強化策として、企業買収と研究開発投資の重視、サービス事業(金融サービス、情報サービス、建設・エンジニアリング・サービス、原子力サービス)における積極的な人員拡大と企業買収の方針がとられた。
Wの掲げた第2の経営目標は「大企業の強さと小企業の柔軟さを併せ持つ」ということであった。
これにそって、GEでは九層に及ぶ管理階層が廃止され、組織の水平化が図られた。
この他にも「ワークアウト」と呼ばれる一種のQC活動の導入など様々な改革がおこなわれた。
また、この基本原則に関連して、Wが強調したのが「スピード」であった。
意思決定の迅速化だけでなく、受注から出荷までのサイクルタイムの短縮、それによる在庫の圧縮、運転資本の節約までをともなうものである。
W就任後の最初の10年間におけるリストラクチャリングは、すさまじいものであった。
1981年から85年の4年間に300以上の事業を買収している。
実に年平均75、週平均1、5のベースである。
85年から90年にかけてはさらに70以上の事業を買収し、200以上の事業から撤退した。
1980年代前半の大きな変化は、83年にYインターナショナルを240億ドルで売却して、天然資源事業から撤退したことである。
これを含めてGEは81年から85年までの聞に152事業を売却し、売却金額は約560億ドルとなった。
一方、企業買収としては、84年にエンプロイヤーズ・リインシユアランス(再保険事業)を買収し、金融サービス事業を手がける子会社GEファイナンシャル・サービス(GEFS)を設立した。
この結果、利益面では、80年12月期には中核事業が利益の半分を占めていたが、85年には利益の70%をハイテク事業とサービス事業が生みだすようになった。
1980年代後半に入ると、GEの事業内容はさらにドラスチックに変化する。
まず、86年に家電事業を手がける「CA(84年連結総収入101億ドル)とその子会社のNBC(ABC、CBSと並ぶ全米三大ネットワーク)を約64億ドルで買収し、航空宇宙、家庭用電子製品、半導体、放送事業を拡大した。
しかし、翌87年には「CAの家電事業の大部分をフランスのトムソン社の医療機器部門と交換した。
また、1986年には、投資銀行キダー・ピーボディの持ち分の80%を買収し、金融ビジネスを拡大した。
GEは、その後もM・アンド・ウォードのクレジットカード事業の買収などによって、金融ビジネスの拡大をおこなった。
アメリカの会計基準の変更により、87年から金融子会社GEFSも連結されるようになったため、91年12月期には、GEの連結収入に占めるGEFSの金融事業の比率は4分のに高まり、営業利益に占める比率も16%となった。
1980年代にGEは1位または2位になる見込みのない事業として、天然資源、民生用エレクトロニクス、家庭用小型家電など約100億ドルの売却をおこなった。
これによって、80年当時の事業のうち、売上高でみて約4分のの事業を売却したことになる。
80年代のGEによる買収金額は190億ドルにのぼった。
この結果、90年には、利益のうち3分の2がハイテク事業とサービス事業からあがるようになっていた。
こうした事業再編の過程で、総従業員数は約40万人から約23万人に減った。
GEの海外売上高は、1980年代初めには総売り上げの約3分のであった。
事業再編の過程で80年代半ばには海外売上高の割合は4分の1にまで下がったが、中核事業では圏内市場が成熟していたため国際市場重視の方向性が打ち出され、91年にはふたたび3分のになった。
1981年から90年までのGEの設備投資額の合計も217億ドルにのぼっている。
80年代を通じて毎年の設備投資の水準は減価償却費を上回ったが、キャッシュフロー(税引利益・減価償却費)の範囲内に収まっていた。
また、81年から90年までの研究開発費の合計は119億ドルにのぼり、売上高に占める研究開発費(政府など顧客が負担する部分を除いた金額)の比率は、ほほ3%を維持した。
5、3人材育成による経営の差別化。
Wの会長退任までの数年間は、最初の10年間の経営改革の成果がフルに開花した時期といえよう。
この間、売り上げは年平均10、0%とGDPの2倍のペースで拡大し、従業員数も30万人に増えている。
収益性をみると、売上利益率は9、3%に、JOEも23、9%へといっそう高まっている。
またこの過程で、GEの事業内容もかつての製造業中心からサービス中心の企業グループに見事に変身した。
1981年には売り上げに占めるサーピス事業は15%にすぎなかったが、98年には実に75%に達している。
事業分野は、利益の40%を稼いでいるキャピタル・サービス(金融サービス)をはじめ、12の多様なビジネス・ユニットから構成されている。
このため、GEは今日ではもはや電機メーカーではなく、業種的には「コングロマリット」に分類される。
しかし、WはGEを「コングロ」と呼ばれることに強い嫌悪感を示した。
相互に大きなシナジーを持った総合企業グループだというのである。
そのシナジーの源は、W流の人材育成能力にあると考えられる。
12の事業分野に関して、世界中のどこに派遣されてもWの分身として20%のJOEをあげつつ、ナンバーワンもしくはナンパーツーの地位を占めるところまで持っていける社員を組織的に育成できる能力が、GE最大の差別化要因だというのである。
このため、Wにとっては、人材育成が経営の最重点課題だ‘った。
5、4GEの管理者養成プログラム。
「日経ビジネス~(2000年1月17日)によれば、GEの管理者養成プログラムは、ニューヨーク州クロトンビルにある研修所を中心に、以下に紹介するような形で体系的、継続的に展開されている。
管理者養成プログラムは大きく分けて二種類ある。
1つはまだ管理者になっていないリーダー候補を対象にした初級プログラムで、もう1つは役員を含むマネジャー以上の管理職を対象にした上級プログラムである。
そして前者はさらに2つに、後者は3つのコースに分かれている。
プログラムの中で最も下位にあるのが「リーダーシップ・エッセンシャル」コースである。
管理者としての素質が見込まれ、GEで6カ月から3年の勤務経験がある20代の若手社員が主な対象になる。
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